社会人MBA-技術者編

October 26, 2011

相互依存型か?モジュール型か?―アップルを考える

先日のスティーブ・ジョブズ氏の訃報は、何か大きなものを失ったかのような感覚になってしまうほど、大きな衝撃であった。


今日はアップルに関する記事である。


*  *  *  *  *


古くから、アップルはイノベーションの議論によく登場する。それは、IBMのメインフレームに始まり、アップルのデスクトップコンピュータが登場する頃から、現在のスマートフォンに至るまで様々である。


さて、顧客に価値を届ける際、製品の構成要素において、統合的か非統合的か?の議論は、言い方は荒いが、相互依存型か?モジュール型か?、また内製?外注?などがその的となる。


現在のスマートフォンにおいてのこの構図は、アップルvsグーグルがその典型的である。

* 以下この記事では、相互依存的(統合型企業;いわゆる内製、バリューチェーンにおいても自らが行う領域が広い)、モジュール式(非統合型)という言葉で進めます。


相互依存的かモジュール式か?


それは、クリステンセンによれば、「顧客にとって製品の性能が十分でないか、十分であるか」が分かれ目であり、前者(性能が十分でない)の場合は、相互依存的に、後者(十分である)の場合に専門化、特化(いわゆるモジュール化に近い)というのが有利である、ことを述べている[1]。

モジュール化が進めば、いわゆる当該製品設計の自由度は低くなることも影響して、相互依存的な場合の方が、製品の性能は高い。


だが、モジュール化が進んだ製品の性能が、顧客が望む性能を超えていたら(性能過剰)、相互依存的な場合より柔軟性が高いため、顧客には有益である。

逆に、当該製品の性能が顧客にとって不満であれば(性能ギャップが存在する)、相互依存的な方が有利である。





スマートフォンはどうであろうか?(でるか!?G-phone?)


もちろん、上で述べた“性能”について、それを指定したり、測定したり、予測することは難事であるが、こういう指定、測定、予測が当事者において出来るようになってくることは、モジュール化を後押しする。


議論になる点は―
「アップルが『OSからハードウエア、通信業者までをすべてバンドルした製品を売る』という従来路線[2]」

をどうするかである。スマートフォン(iPhone)の爆発的な普及とは、マジョリティを手にしたことであり、これは、多くの顧客は製品の機能、信頼性に満足している状態でもあるため、上で述べた「性能過剰」な状態はすぐに訪れる。


クリステンセンが述べるイノベーションの形態の考察からは、幾分かでもクローズからオープンにした方がいいかもしれない。


* グーグルによるモトローラ・モビリティの買収は、グーグルを相互依存的に進める(垂直統合的)が、アップルの形態も考えると、もし仮に、現在の相互依存度が妥当なものであるとすれば(これは今はわからないが)、彼らは、顧客にまだ不満を感じさせている、と考えている。
その(顧客が)満足していない性能とは、何なのか特定は出来ないが、現在の端末の先にあるのは、端末のPC化で、ちょっとした出先での持て余す時間に以前自宅でダウンロードした映画、音楽、また撮影した写真などを端末で見たり、聞いたりなど、時間と場所を選ばない利便性が生まれる、というものであろう。もしそうであれば、詰まるところ、テレビを食う(テレビを見る時間が減るので)。
が、まだまだ始まったばかりのこの競争軸。どこが残るのかはわかりません。



・・・ Stay hungry, Stay foolish・・・






<参考>
[1] 『イノベーションへの解 利益ある成長に向けて』, 第五章 事業範囲を適切に定める、に詳しい。




[2] 大前研一「産業突然死」時代の人生論―ジョブズ氏の強烈な思い出、アップルの今後とるべき道


October 19, 2011

「固定費用に対する限界利益を最大化する」スピードと人材が育つスピードのズレ

固定費用に対する限界利益を最大化する

とは、変動費用を抑制すると共に経営陣の大きなテーマで、要は「売上を増やせ」ということでもある。


ただ、金融危機以降からか、80年代からのソフトパワー議論からなのかはわからないが、長期にわたる企業経営を展望し、利益創出には“教育とイノベーションへの投資”というフレーズが最近よく耳にされるようになってきた。


*  *  *  *  *


企業でこれを考えると―
“企業は顧客へ何らかの価値を提供することで利益を享受する”
とすれば、起業家、もしくは既存の企業は、それを実現するための基本理念を定め、操業していき、利益を創出していく。


もちろん、価値を創りだし、届けるには多くの種類、方法があるので、参入者も多い場合もあるが、そこへ集合する従業員は、大よそ、その基本理念を参考にすることが多いだろう。

そして、企業は従業員を組織化し、効率を高めていく。


①基本理念
②組織


企業にとって大切である。これに加え、長期にわたり顧客に価値を提供し続けなければならないことを考慮すると、従業員の教育、育成は欠かすことのできない仕事である。


③教育、育成


製品・サービスなど、提供する価値が異なれば、理念も異なるであろう。同様に、製品・サービスに従い、経営者が効率化する組織形態は国・地域、また外部の経済環境により違ったものになる。従って、①、②は③に比して、外部環境に影響されやすい。


③に関しては、従業員が何かを教授され、習得していく時間―を考えれば、これは、どの産業でも大よそ変わりない。インターネットが出現したからといっても、例えば、ビジネススクールに通いながら公認会計士の学習が行える程の機会は有るが、習得することとは別である。


企業内大学やそれに付随する種々の機関、伝統的教育機関である大学が享受する種々の細分化されたカリキュラム―――現代では、特定の従業員にカスタマイズされた教育は可能となっている。


こういった教育費用がどれだけの利益を生むか?


少し前では、研究開発費用がどれほどの利益を生むか?で議論され、これには、一般論的な方程式はないものの、製品・サービス毎に各企業内での財務情報を加味すれば、そのリスクに応じて、コストアプローチからリアルオプション(無形資産の価値評価)など、価値を算出することで、大よその意思決定を支援することはできる。

とはいうものの、教育により変動費を削減する効率化を実現することもあるため、単純に費目の「教育費」と「営業利益」や「売上高」などの比率でそれを測定することは大雑把過ぎる。


もちろん、グローバル化は、のしかかる固定費用を償却する源泉として市場を拡大することでもあるが、負の側面として、企業が中心化した方針によっては、もしくは、本社の動き次第では、現地発のブランド価値毀損を招いてしまうことも少なくない。


種々の事柄が速く進んでも、教育、育成の進むスピードは他のそれよりも高速化はされないため、どこかでシステムの構造が歪んでしまう。


結局、人材の育つスピードでしか、事業は拡大できない。アウトソースすることも可能であるが、企業文化を共有しにくいデメリットもある。


・・・実は、グローバル化においての最大の投資先は人的資源に対してであり、当たり前過ぎて見逃されることが多いようです。


October 12, 2011

因子の設定と周辺因子との関係性の把握

研究、開発現場での実験は、何かを検証する好適な場である。特に、設計部門が行うそれは、ある因子における少しの設定許容度により、製品機能、生産性などに影響を及ぼすことも多い。


*   *   *   *


例えば、研究者や開発設計者が、新たに配属されるなどした場合(典型的には新入社員など)、当該設計者(もしくはその卵)は、その製品の種々の因子群について未経験である。


その時に、製品の何かの設定(≒因子)を変更するなど、実験や試作を行っていかなければならない場合、変更すべき因子や設定は、その目的や検証する仮説に基づき決められるが、大抵の場合、その他の因子は、時に、金科玉条のごとく製品(製造)仕様を遵守してしまう


経験が少ないため仕方がないと言えばそれはそうだが、把握すべきは、因子における“感度の問題”であって、これは、因子の作用の大小、または相互作用の有無に関係する。




具体的には、ある設定を小さく変化させるだけで結果が大きく変動したり、逆に、大きな設定変更の割には結果に左右しないなど、また、ある因子の影響を見るには別の因子の設定が規格外の設定の方が把握し易いなど、である。


経験を積んだベテランであれば、小さな感度の結果に対しても反応できるであろうが、新参者には難しい。さらに、いずれかの機会に結果を示さなければならないのであるから、違いは大きな方が説明がしやすい。


最終仕様を決定しようとする実験ではなく、仮に、A因子に関する仮説を検証することが目的であるなら、製品(製造)仕様の規定値を守る必要などないのである。


当たり前のようなことであるが、このことから何が言いたいのかといえば、新参者にとっての仕様書の値は、所詮他人が決定したことである。

得てして、他人が決定した仕様は“仕様値を守る”ことに専心されるため、製品の全体観をつかみづらいのである。


クレーム、製品の欠陥、工場での生産性など、製品の全体観を養わなければ、本質的ではなく、対症療法でしか問題に取り組めなくなる。そんな設計者は何でも屋、便利屋に成り下がってしまい、ネガティブな事象の責任まで負わされてしまう。


設計者には、製品の一部の設計から始まり、製品の全体観を養い、工場、事業、市場・・・と設計の範囲を広げていくことができる設計力の涵養が求められている。


・・・『一人前になるには10年かかるぞ』とは、あながち、大げさな表現ではありません。




<設計に関する書籍>
 

Labels:


October 5, 2011

発展する携帯型エネルギー、電池:電気製品化する自動車

エネルギー―――原子力、火力などとは別のカデゴリーで、携帯できるエネルギーを考えると、身近な例として、乾電池、携帯電話や音楽プレーヤーに用いられるリチウムイオン電池などがある。


これらの製品では、より寿命が長いことは魅力的な品質である。ちなみに、現在、ハイブリッド車に搭載されているニッケル水素電池は乾電池のタイプに近い。

ニッケル水素電池から考えれば、リチウムイオン電池は、その容量、質量(≒軽い)において魅力的に映る。



それが、電池メーカーの手を離れ、電池や自動車での製品機能追及ばかり行う、安全性確立の経験を持たぬ組織が、リチウムイオン電池に携われば、同種の電池でもリチウム金属を用いたタイプや燃料電池が魅力的に映る(リチウムイオン電池は、その名の通り、リチウム金属は使用していない)。


こうなれば、自動車に搭載し、不幸にも大きな事故が起こり炎上などした時に(車体の変形が著しい場合)どう対処したらいいのか見当がつかない(単純に“水”をかければいいものでもない*)。

* 現行モデルは、ニッケル水素電電池なので通常の消火活動は有効です。

さらに、使用シーンにおいて、通常何時間もかけて使用するのに対し、充電が短時間で終わる(急速充電)ことは、確かに便利だが、上記の電池タイプはすべて化学電池である。

一方の反応に時間をかけ(放電)、もう一方の化学反応だけ速い(充電)とは都合が良すぎる。もともと、短時間での充電が好適なら、現行の充電地でもはじめからそうしているはずである**。

** もちろん、急速充電に関しては、電気自動車版ガソリンスタンドでは、標準化されたカートリッジタイプを電池パックとして交換する、というアイデアもある。(当たり前だが)充電に時間はかからない(急速に充電する必要がない、有人化になるが・・・)。



自動車が電気化(電池搭載型)すれば、自動車自体が、モジュール化する傾向が強い。少なくとも現在より部品点数は減少するだろう。

イノベーションの観点から、下記の書籍の第4,5章から学べることは―

モジュール化が有利なのは、顧客にとって自動車が十分に良いと考えられている状態―つまりは、顧客は従来のメーカーが行う性能の追加から得る限界効用が低減している状態―であり、破壊的な形態のこのイノベーションはローエンド型破壊***での成功の可能性が高い。

ということである。

イノベーションへの解 利益ある成長に向けて



さて、懸念の安全設計機能は向上するだろうか?


自動車は電気製品ではない。多くの電気製品では、当該製品における深刻度の中で、最も高い“人命に関わる”管理を要求することは少ない。

また、事故と共に製品機能や安全性を確保するスタイルはとりにくい(事故を教訓に品質を高めていく事)。このタイプの製品は、一台の悲惨な事故映像が、自動車、電池事業者の運命を決める場合があるからである。


だが、これらのイノベーションは、現在のハイブリッド車により、多くの経験知を獲得し続けている。自動車、電池、どちらも日本の代表する製品であり、ハイブリッドは従来の燃費効率を著しく高めることに成功してきたことも忘れてはならない事実である。




主流の用途には使えない電気自動車――主流企業でないイノベーター企業は、おそらく、電気自動車の弱点を逆手に取った市場を相手に、学習をしながら、その弱点を克服してくる可能性が高い(下記書籍第10章参照)。

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』第10章参照。


もちろん、著者もそれが何なのかはわからないと述べているが、トライアンドエラーで、社運を賭けるなどのことはせずに、実験、検証の学習スタイルを続けながら、安全性も成長していく・・・どころか、弱点も克服されていくだろう。


とても巨大な産業なので、昨今の、任天堂、ソニーのゲーム事業がソーシャルゲームの新市場型破壊***において対応できないような動きを確認しようとしても、動きが緩慢でとらえにくいかもしれない。


*** 新市場型破壊とローエンド型破壊
新市場型破壊―破壊的イノベーション(ある技術や変化に対しての対応可能性として、既存企業が対応できないイノベーション)のうちのひとつ。かつてのソニーのトランジスタ(関連製品)で真空管メーカーは対応が困難となり主役が入れ替わったのは典型例。もうひとつの形態はローエンド型破壊で、既存市場で顧客が製品の追加性能から得る限界効用が低減した際に、従来のビジネスモデルなどを変化させ、かなりの低価格でも魅力ある利益を得られるようにし、性能の高い製品に無関心の人々を顧客にしたもの。(『イノベーションへの解 利益ある成長に向けて』参照)



だが、すでに、主流市場には入らず、入れるところに入り経験知を積んでいる企業もあるだろう。逆に主流企業では、スピンオフ組織がつくられているかもしれない。



それぞれについては―――

主流企業は、製品に多額の出費をしてくれる顧客を持つが、破壊的なイノベーションに対しては、スピンオフ組織を主流企業と同じようにマネージしてしまう傾向、と同時にその組織をリードする人材の教育は苦手である(自社をつぶすにはどうしたらいいかという教育は実施しにくい)。

イノベーターは、身軽だが、学習を繰り返す資金は十分に持ちえていないし、ネットワークが惰弱である(腰を据えて挑むマーケットを見つけることは困難な仕事である)。


・・・モジュール化も問題なく操業でき、資金力があり、かつグローバルにも対応経験がある。新組織の扱いを間違わなければ・・・、破壊的なイノベーションを仕掛けるに十分な産業は、案外電池製造企業かもしれない。。。